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慶州南山佛蹟ー3


韓式定食の食堂で入手した情報により、再度南山を目指します。思いがけないオマケもついてラッキーでした。一部体調を崩した人がいたのは残念でしたが・・。

◆ まずは寺院拝観
  4月11日(土)
 昨夜の情報により、もう一度南山を目指すことにする。本日は慶州桜マラソン開催の日で、前夜フロントデスクに交通事情を確認したら、普門湖を中心に、5キロコースからフルマラソンまで5コースで実施され、当ホテル近辺が本部となるので、朝早くから交通規制があると言う。午前中の観光はバス利用の予定だったが、急遽ホテルにタクシーの手配を頼んだ。6時から12時まで1台7万ウォンとのことである。
 驚いたことに、日本人のマラソン参加者が三千人近く来ていて、このホテルにも多数が泊まっていたのだ。朝6時、続々とロビーに集結する参加者の人並みを抜けて、外で待っていたタクシーに乗り込んだ。
 またまた桜のトンネルの中を仏国寺団地に向かうが、Kさんが気分悪く一時停車、聞けばホテルの蛇口から出る温泉水を飲んだとのこと。他にも飲んだ人がいて、この日4人が終日不調。慶州で温泉が出たとは来るまで知らなかった。ヌルヌルスベスベのアルカリ泉。
 新羅石仏彫刻芸術の粋、石窟庵の如来坐像。その見事さは言葉では紹介出来ない。是非、実際に行って拝観して下さいとしか言いようがない。山麓の仏国寺の建築美術についても同じこと。用心したいのは日本語の押しかけガイド、あとで自分の店につれて行って高価な土産品を買えとウルサイ。「三国遺事」のハングル版を読んで、新羅の伝説はほぼ知っている。ガイドは要らないと断ってもしばらくしつっこくついて来た。
 門前団地の食堂で私とOさんはシイタケ汁の定食、他の皆さんは食欲減退。予め観光ポイントとして告げてあった工芸村に行って新羅窯を見学、時間に余裕があるので、運転手に掛陵に行きたいが7万ウォンの範囲で行ってくれるか、と言うと、ウフフンと意味ありげな笑いをもらす。
 掛陵は広い敷地の奥にあり、入口近くにペルシャ人風と中国人風の石像が二基ずつ立っている。墳墓の周囲の護板石には、武人姿の十二支神像が刻まれていて、金ゆ信将軍陵墓の文人姿の十二支神像と対照を成している。韓国旅行経験豊富なOさんも、ここは初めてだと喜んでいた。
 

石窟庵如来坐像

仏国寺

余り観光客が訪れない掛陵
◆ 南山再度挑戦
   さて三陵へ行って南山へと言う段になって、運転手達が、我々も一緒に山に登り、その後東方海岸に出て、文武大王水中陵・感恩寺址・妓林寺を回りホテルまで送って14万ウォンでどうだと切り出して来た。
 何っ!? それ乗ったっ!!私もOさんも、かねてから一度は水中陵を見たいと思っていたのだが、まさか此処で話が出ようとは思わなかった。それに料金もリーズナブルどころでは無い。早朝から夕刻までタクシーを乗り回して一人約三千円。一も二もなくOK で三陵へ。
 昨日行った三体石仏のすぐ南で、一ヶ所に三つの墳墓がある三陵は墓の主人の名がついているが確実ではない。そもそも新羅の王陵は、名前がついていても伝説や古文書によるもので、確実に陵に葬られた人物が判るのは、墓碑銘に名前のある武列王陵だけであると言われている。
 南山は全体に岩山で松林が多い。ここでも松の林の中をゆるやかに登って行く。約10分ほどで頭部が欠落した石造座仏が現れた。袈裟の紐の複雑な結び目が精密に柔らかく表現されている。硬質の花崗岩らしく、1200年以上の歳月、露天で風化もせずに細部の彫刻が完全に近い形で残っている。さらに約10分、左側の沢向こうの岩壁に、線刻六尊仏があった。凹凸の多い岩面に幅1cm深さ1cm足らずの線刻で、三尊佛が二組彫られていて、優美な絵姿が良く残っていた。
 やがて林を抜けると、前方に岩山としての本領を見せる峰々の姿が迫って来る。上禅庵と言う小庵で一休みする。岩山を見上げる眼前を桜吹雪がよぎって、耳には小鳥のさえずりと、木魚に合わせた読経の声。庵の濡れ縁にいつまでも腰掛けていたい気持ち・・。
 一休みの後、小庵からひと登りで岩棚に出て、背後の岩壁には巨大な磨崖佛!。頭部は立体的に、また精密に掘り出されているが、肩から胸へと彫刻は簡素化し、腹部から脚にかけては線刻となって、仏像は岩の中に溶け込んでいる。岩の中に仏が隠れ棲むと言う新羅人の信仰形態を示すものである。
 これより少し登ると稜線に出て、右手に向かえば金鰲山(クモサン)であるが、残念ながら本日は左手に向かい、登った沢の北側の尾根を下る。我々は山中が名残惜しいが、運転手は時間が気になる。松林の中をハイスピードで下山。

結び目の精密な彫刻

線刻六尊仏

三陵谷磨崖大仏
◆ オマケの水中陵
   これより1時間かけて東方海岸の奉吉利(ポンギリ)と言うところに出て、海上の水中陵がある岩の島を眺める。新羅の三国統一後も、半島は倭寇の侵略に悩まされ、第三十代文武王は死後も護国の竜となることを願い、水中に葬るようにとの遺言により、海中岩礁の十字形水路の中央に石棺を沈めて陵墓とした、世界でも珍しい水中陵である、とされているが、その真偽については議論もあるところである。
 他のメンバーが相変わらず食欲が出ないので、私とOさん二人で四人前はあろうかと言うヒラメの刺身を平らげて、感恩寺、祇林寺を回ってホテルに帰りついた。Oさん熱望のカラオケは、体調不調の人が多く、ついに実現せず。
4月12日(日)
 午前中博物館見学の後、慶州駅へ。バスも乗り飽いたので、鉄路で浦項に向かおうと言うわけであるが、駅の時刻表を見ると浦項行きのセマウル号がある。今回ソウルまでは乗れないが、せめて30分韓国特急列車の旅、幸い座席も8人かたまって取れた。新幹線のグリーン席のような一般席で鉄路の響きを楽しんだ。
 あとは飛行機でソウル金浦空港まで一ッ飛び、最近連絡開通した地下鉄5号線で市内に向かい、無事、ホテル近くの駅で下車。地下鉄に限らず、各所各場面で行き先・乗り場・降りる駅 などを検討評定していると、必ず顔を出して教えてくれる人が現れる。ソレも口だけでなく足を伴って・・・。
 翌日、帰国便もまずまず順調に飛んで、チャーター車の出迎えを受け、深夜宇都宮に帰着。

世界唯一の水中陵

ヒラメの刺身





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