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670年ごろ、ご母堂斉明天皇のご菩提を弔うために天智天皇の勅願で創り始められた観世音寺に、690年ころに奉献されたわが国最古の梵鐘で、国宝に指定されています。
698年の銘文がある京都の妙心寺の梵鐘(国宝)と同じ鋳型で鋳造された兄弟鐘で、妙心寺の鐘より少し前、兄貴分の鐘ということです。
口縁下底に「三毛」「麻呂」の陰刻があり、鐘師は豊前国上三毛郡(福岡県豊前市)に住んでいた新羅系の渡来人、工房は糟屋郡(福岡市東区多々良)にあったと考えられています。 撞座の蓮華紋や上下の帯の唐草紋は流れるように麗しい新羅系の文様です。
また撞座が高いところ(上から6、下から4の位置)についています。これがこの鐘が古い証拠です。
そして撞木をあてれば、やや高めで、穏やかな、爽やかな音が、余韻を残してひびきわたります。中国では最高といわれる黄鐘調(おうじきちょう)の音色で、平成8年に環境庁が「残したい日本の音百選」の一つに選びました。
都府楼纔看瓦色 都府楼は纔(わずか)に瓦色を看(み) 観音寺只聴鐘声 観音寺は只(ただ)鐘声を聴く
901年に大宰府に左遷された菅原道真公が、配所南館(榎社)で謫居中に詠んだ漢詩「不出門」の一節です。
“お咎めの身なれば、束縛はされてはいないけれども、門をでることは慎もう”との意を詠っています。
この鐘が出来て約二百年の後、菅公は朝な夕なこの鐘の音を聴いて、こころを清ませていたのです。いまから一千百年昔のことです。
今年はわれわれが、時空を超えてひびきつづけてきたこの鐘の音を聴きながら、“ゆく年”を送り、“くる年”を迎えます。
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