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ゆかりの深い梅と太宰府

太宰府は、千三百年の昔、大宰府政庁(遠の朝廷・とおのみかど)が開かれたころから、“梅”と深いかかわりを続けてきました。いま、私達が目にするそのゆかりを尋ねて見ましょう。

◆ 梅花の宴
 
 古都大宰府の貴人たちは、こぞって庭に中国から渡来したばかりの梅の木を植えて、その花を愛でたと云うことです。大陸との交流の玄関口、外国からの国使を謁見した大宰府政庁の官人たちにとっては、梅は大切なステータスシンボルだったのかもしれません。

 730年(天平2年)正月13日、当時の大宰帥(長官)大伴旅人(おおとものたびと)は、梅花を愛でる正月の宴を自分の邸で開きました。集まったのは政庁を始め筑紫の国の高官、国司、郡司たちです。それぞれに梅の花を詠みあげましたが、その宴席で詠んだ和歌が32首、万葉集巻五に“梅花の歌”としてまとめて載っています。

 「我が園に梅の花散るひさかたの 天より雪の流れ来るかも」(5−822)

 これはホストの大伴旅人が詠みました。天満宮境内の太宰府園入り口に歌碑が建っています。

 「よろず代に年はきふとも梅の花 絶ゆることなく咲き渡るべし」(5―830)

 筑前介佐氏子首(さしこびと)の歌です。天満宮境内菖蒲池のほとりに歌碑が建っています。

 「春さればまず咲く宿の梅の花 独り見つつや春日暮らさん」(5−816)

 筑前守山上憶良(やまのうえのおくら)が詠いました。太宰府市役所前庭にこの歌碑が建っています。

 梅と太宰府、古い時代からの悠久のつながりを物語るように、太宰府市の市章には「梅の花」が取り入れられています。


大伴旅人歌碑

山上憶良歌碑

太宰府市の市章
◆ 梅ヶ枝餅(うめがえもち)
 
 太宰府天満宮の参道を辿りますと、その両側に軒を連ねる店々から“梅ヶ枝餅はいかがですか”の呼び声が続きます。30軒もあるでしょう。太宰府の名物です。参拝にお見えの方々殆どが、お店で味わい、またおみやげにしています。

 もち米の粉を捏ねて、小豆の粒餡を包み焼き上げた餡餅で、店先で、4個ずつ挟み焼く器を並べて、焼きたてを売っています。お値段は1個100円です。お店の奥の食堂で、焼いてすぐの、餅皮がパリパリしているのを食べるのが一番美味しく、「太宰府参りの幸運がこれでいただける」と、昔から云い伝えられてきました。

 道真公が大宰府に流されて2年を過した配所の近くに、麹屋のおばあさん“もろに御前”がおり、何くれとなく公のお世話をし、お慰めしておりました。道真公は903年(延喜3年)の梅の花が咲く2月25日に亡くなりましたが、御前はそれを大変悲しんで、生前、公が好まれた米の粉の団子を梅の枝に刺して火に炙り、枕元に供えました。これが「梅ヶ枝餅」の始まりと云い伝えられています。

 ところで、美味しいのはどの店でしょうか? それは長い列ができているお店です。しかし日によって列ができる店が違うかもしれませんよ。餡の甘さと餅皮の歯ごたえ、結局お好み次第ということでしょうね。



梅ヶ枝餅

参道に並ぶ店
◆ 梅のおみやげのいろいろ
 
 切っても切れない間柄の「梅」と「太宰府」。それを味わいとして実感できるのが、天満宮と参道のお店に並ぶ“おみやげ品”のいろいろです。

 まず、境内約6,000本の梅の木から採れた梅の実を原料として天満宮が謹製した“天神さまの梅干”“御神酒”が本殿脇回廊のお守札所に並んでいます。小粒梅干の鮮やかな紅色、御神酒(梅酒)のやさしいまろやかな飲み口が好評です。お初穂料は梅干が1,000円(500g)、御神酒が800円、500円の二通りです。

 つぎに参道のお店には、実に沢山の「梅のおみやげ」が並んでいます。

 梅の実をそのままの形に残したものには、“無添加自家製小梅(梅干)”“かつお飛梅(小粒梅干)”“かつおカリカリ梅”“あじ梅”“しそ巻梅”“しそ巻甘露梅”“赤ワイン漬甘露梅”“焼梅”“黒梅(干梅)”“青梅の粕漬”などなど。

 また、梅肉を原料にして梅を味わうお菓子には、餅菓子に“梅の舞”“梅しぐれ”“梅焼き餅”“梅ゆかり”“梅もち”など、お煎餅に“梅小紋”“梅手焼き”“梅パイ”など、それに“小梅もなか”もあります。

 さらに、梅の香りを楽しむものには、“梅茶”“梅抹茶”“梅香茶”“梅こんぶ茶”など、そして“梅の蜜”まであります。

 お値段は、大抵、小が500〜600円、大が1,000〜1300円というところで、おみやげには手頃です。太宰府、そして天満宮お参りのメモリアルは“梅”の味わいから・・。これもお奨めの一つです。



御神酒(梅酒)

梅のおみやげ

梅の舞 黒梅 甘露梅





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