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新緑 萌える樟若葉

お花見が終わり4月半ばになると、若葉の季節がやってきます。

九州は照葉樹林に覆われ、そのなかから文化が生まれてきました。その代表が“樟(くす)”の樹。樟は楠とも書きます。南の木です。

この時期には太宰府は目覚めるような樟の若葉の生気に溢れます。それが落ち着いた濃緑に変わると、もう初夏です。

◆ 天神の森
 
 太宰府天満宮には、51本の樹高30mを超える樟の大木、古木が鬱蒼と茂り、境内を覆っていて、まとめて「天神の森」として福岡県の天然記念物に指定されています。

 一番大きな大樟は、樹齢千年以上、地表1.3mの高さのところの幹径が4.6m。それと根元から径4.5mと1.9mの2本の幹が立つ、樹齢千年の夫婦樟。この二つは国指定の天然記念物です。

 ゴールデンウィークから5月半ばにかけて、一歩境内に入りますと、まず、湧き上がるように黄緑に輝く樟の若葉が目に飛び込んできます。
 そしてなんとも云えない馨しい「気」が全身を包み込んでくれるのを感じます。“なにかしら元気になったね”とよく聞きます。清新の雰囲気、これが5月の天満宮です。

「くすの木千年 さらに今年の 若葉なり」     井泉水 時年八十二

 自由律俳句を確立した俳人、荻原井泉水が、1966年(昭和41年)に訪れた時に詠いました。82歳でした。天満宮本殿裏の東側に茂る樟木立のなかに、大きな自筆の句碑が建っています。

 また環境庁は平成13年10月に、この天神の森を神苑の梅林とともに「かおり風景100選」の一つに選びました。

 以前、この森の樟(くす)は52本でした。ところが1994年(平成6年)に楼門前にあった樹齢500年を超える、樹径3mの大樟が枯れて、他の樟の巨木も元気がなくなってきました。調べて見たら、大勢の参拝客に土が踏み固められて、土の中の酸素が少なくなり樟の根が弱っているのが判ったのです。

 そこで天満宮では1997年(平成9年)から5年計画で、弱った巨木17本の幹元の根が張っている範囲の土を入れ替え、通気管を埋め込み、栄養剤を注入し、踏圧を防ぐ木道、木柵を設置するなど、養成保護工事を続けてきました。

 おかげで2002年(平成14年)にはすべての樟がいきいきと元気に若葉を萌え出すようになりました。
  
 これからも"天神の森"は悠久のいのちを続けていくことでしょう。




境内に萌える樟若葉

太鼓橋を覆って心字池に映る若葉

荻原井泉水句碑
◆ 観世音寺 戒壇院
 
 天満宮から五条を通って政庁通りに入り、太宰府市役所を過ぎると、右手に観世音寺があります。

 入り口向って右手の「観世音寺」の石碑に沿って立つイチョウを支えるように、左手には樟の大木が若葉を黄緑に輝かせています。
 そこから南大門跡を通って中門跡まで150mほど、参道の両側に樟の並木が続き、見事な黄緑の若葉のトンネルになります。

 また、正面の講堂、左手の金堂、それに、右手奥の梵鐘(国宝)の鐘楼も、周りには樟の古木があって、若葉で彩りを添えています。

 さらに、西隣りに並んでいる戒壇院。ここも、観世音寺子院として創建された成に立ちに相応しく、観世音寺と同じ景観につつまれて、樟の若葉が鮮やかに寺院を彩っています。

 天満宮から歩いて10分ほど。天神の森と併せて、ゴールデンウィークの新緑散策の目玉が、ここにもあるのです。

 観世音寺はこちら

 国宝の梵鐘はこちら



観世音寺の入り口

観世音寺講堂

戒壇院正面
◆ 政庁通り
 
 大宰府政庁跡、蔵司跡、学校院跡、観世音寺、戒壇院など、1,300年前の遺跡がある「国指定特別史大宰府跡」は、県道96号線の北側に広がっています。
 そしてこの県道の史跡に沿った部分が“政庁通り”と呼ばれています。旧国道3号線の関屋三叉路から五条交叉点まで1Kmほど、2車線の道路です。

 この道は、昔は“宰府往還(さいふおうかん)”といわれる天満宮参りの道筋で、“宰府参り(さいふまいり)”の旅人達が賑やかに行き来していました。
 いまは車の往来が激しい道路で、特にお正月、梅見のころは物凄い渋滞を繰り返しています。
 
 この通りが、近年、樟若葉の名所になってきました。車道と歩道を仕切る街路樹の樟の木が、ようやく並木らしく大きくなってきたのです。
 新緑のころには、樟若葉の馨しい気が通りに漂います。 
 
 そして、車で通る人の目を和らげ、また、歩いて、あるいはレンタルサイクルで観世音寺、戒壇院、政庁跡を訪ねて周る方々の目を楽しませるようになりました。
 
 
  

樟若葉が薫る政庁通り

大宰府政庁跡の入り口

手前が戒壇院入り口(標示板下)、右端が観世音寺入り口





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