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萌える若葉が濃い緑葉に変わり、五月晴れのまぶしい陽射しに映えて、初夏がすぎて行きます。 そしてまもなく梅雨がやってきます。太宰府の梅雨は例年6月5日前後に始まりますが、雨続きのとき、中休みの晴れ間。7月半ばに梅雨が明けて真夏がくるまでの太宰府のいろいろです。 |
| ◆ 花菖蒲 |
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梅雨の雨でも、晴れ間でも、初夏を鮮やかに彩ってくれるのが花菖蒲です。なかでも指折りのおすすめは、太宰府天満宮の菖蒲池です。太鼓橋が架かる心字池の上手、東神苑に広がっています。 池には、300鉢、3万本の花菖蒲があり、6月初旬から6月末まで、大輪、小輪、また紫、白、白紫など、色とりどりの花が咲き続けます。花弁の数々が水面を覆って、素晴らしい眺めになります。 誰ヶ袖(たがそで) 肥後系、濃紅紫に白絞り 紅椿(べにつばき) 肥後系、濃紅紫に白すじ 水天一色(すいてんいっしょく・すいてんいっしき) 肥後系、青紫大輪 碧涛(へきとう) 肥後系、瑠璃色六英 桃祭(ももまつり) 肥後系、明るい濃ピンクの中大輪 秋の錦(あきのにしき) 肥後系、紫紅地に白すじぼかし 稚児化粧(ちごけしょう) 白地に淡紅ぼかし、大広深咲、六英偉大輪 など、約40種があります。 とくに2000年(平成12年)末には、鉢の取り替え、浮舞台の新設などの改修が済みましたので、菖蒲池は一段と美しくなりました。 また花どきの夜にはライトアップされますので、日中とは違った幽玄な趣が浮かびあがってきます。 清楚で気品のある姿は、梅雨どきのこころを和ませてくれるのです。 「紫は 水に映らず 花菖蒲」 年尾 菖蒲と肩を並べるように句碑が一つ立っています。高浜虚子の長男、高浜年尾が1973年(昭和48年)太宰府吟行の折につくりました。自筆の句碑です。 |
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| ◆ 梅の実ちぎり |
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花菖蒲が咲き始めるのと同じ頃に、天満宮では梅の実ちぎりが行われます。 天満宮の梅のなかで、1月半ば、最初に白い花を開くのが本殿向って右の御神木「飛梅」です。梅の実ちぎりもこの「飛梅」から始まります。 烏帽子に狩衣姿の神官が二人、青竹で「飛梅」の実を振り落とします。千早装束の巫女さん達が、手にした三宝にこの実を拾い集めて神前に供え、奉納の神事が執り行われるのです。 天満宮の神苑には、合わせて6,000本の梅の木があります。「飛梅」の実ちぎりの後で、巫女さんをはじめ職員の方々総出で、境内の梅の実ちぎりが続けられます。約一週間ほどかかって終わります。 天満宮幼稚園の園児のみなさんのお手伝いもあるそうです。 ところでこの梅の実はどうなるのでしょうか。 天満宮では、“「飛梅」の実の種は永代お守「飛梅御守」として奉製し、他の神苑の実は、梅酒、梅干として謹製いたし、各御札授与所でお頒けしております”と話しています。 |
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| ◆ 昔ながらの田植え |
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この頃の田植えは、代掻きから植付けまで、すべて機械がやってくれるようになりました。6月半ばから20日過ぎにかけて水を張った田圃では、トラクターが代掻きに動き廻り、苗箱を載せた田植機が苗を植えつける仕事をしているのが、初夏の光景です。 ところが太宰府では一ヵ所だけ、昔ながらの代掻き、田植えをするところがあるのです。 それは天満宮の斎田で、観世音寺の裏にあります。10アールほどの広さです。そしてこの昔ながらの田植えは天満宮の神事の一つ「御田植祭(おたうえさい)」なのです。 毎年、この御田植祭は6月10日過ぎの土曜日に行われます。 斎田横に設けられた祭場で神事があり、8人の巫女が「早乙女の舞」を奉納します。それから牛が牽いて代掻きをした田圃に、最初に宮司が初植えをします。その後で、もんぺに菅笠姿の巫女や氏子の方々が横一列に並んで、苗を手で植えつけていくのです。 どんな時代になっても、この「昔ながらの田植え」は永く続けられることでしょう。 |
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