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| 梅が終わると、太宰府にもいよいよ春がやってきます。 広い特別史跡の草原や土手に土筆が顔をだすのが春の走りです。 よく晴れた日にはあたたかい陽光に誘われて、土筆摘みの人々がたくさん見えます。 そして櫻がほころび始めます。爛漫の春は毎年3月下旬から4月上旬がピークです。 太宰府の"お花見どころ"をご紹介しましょう。 |
◆大宰府政庁跡〔都府楼跡(とふろうあと)〕 |
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| 東西100m、南北200mの地域に、400を超える円柱の礎石が整然と並んでいます。ここには、1,300年前の8世紀の初めから奈良、平安時代にかけて約450年の間、朱塗り円柱、白壁、瓦屋根の朝堂院風の立派なお役所、南門、中門、東西二棟ずつの脇殿、正殿、回廊が建っていました。そしていま、春には太いふとい桜色の帯が、いにしえの面影を包み込むように取り囲み、素晴らしい眺めになります。廻りの道路沿いに植えてある櫻並木が満開のときのことです。 この礎石が並ぶ広場は、年中いつも街に住む人々の憩いの場所になっていますが、とくに春の花時には、桜の下ではお花見の宴がところ狭しと繰り広げられ、それこそ年に一度の賑わいになるのです。朝から場所取りの青いシートが並びます。福岡都市圏のお花見どころの一つです。 西鉄都府楼前駅から政庁通りを歩けば10分ほど。西鉄バス、市営バス“まほろば号”が停まります。また周辺の道路は片側駐車でいっぱいになります。
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◆岩屋城址、大野山林道 |
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| 政庁跡から真北の大野山(四王寺山)を眺めますと峰の右端にコブがあり、花時には白い帽子をかぶったように見えます。これが「岩屋城址」の櫻、お花見どころの一つです。登りますと、50m四方ほどの台地に顕彰の石碑を覆うように十数本の櫻が花を重ねています。見下ろせば、政庁跡、観世音寺は真南の目の下、東は天満宮、太宰府の街、西には遠く水城(みずき)の土塁と、太宰府の史跡が一目で見渡せる展望の見どころです。 1586(天正14)年7月、大友宗麟の武将高橋紹運が、九州制覇をめざし破竹の勢いで北上してきた島津の2万に及ぶ大軍を、僅か763名の手勢でこの岩屋城に迎え撃ち、激闘を重ねて2週間持ち堪えた末に、全員玉砕して散り果てました。この奮戦の間に豊臣秀吉の軍勢が駆けつけ、そのために島津軍が引き揚げて秀吉が全国制覇をしたという、時代を動かす闘いでした。秀吉が武士の手本と称えた、いさぎよい武将達を偲ぶのに相応しい岩屋城址の櫻です。 またこの大野山には、林道沿いに300本を超える櫻が並んでいて、見事な花の帯を山肌に縫い込んでいます。 岩屋城址には政庁跡から歩いて40分ほどで登れます。快適なハイクコースです。 車なら西鉄太宰府駅から2車線の舗装林道を登って10分足らず。また一日かけての大野山散策、あるいは車での林道回遊も、お花見時のお薦めです。
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◆春の森 |
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| 政庁跡の北東の角から北に向う道があります。これが岩屋城址を通って大野山(四王寺山)に登る道です。300mほどのところに門があり、車はここまで。ここからが山の麓に広がる“春の森”で、道はその真中を通ってなだらかに登ります。門を入ってすぐの右手には、梅、桃、こぶしなどの木立が段々に並んで春に先駆ける花を開き、そこを通り過ぎて登ったところには、150本ほどの桜の園があって引き続いて花を開き、爛漫の春を楽しませてくれるのです。一段と高いあずまやから見晴らす眺めはまた格別で、春の宴で賑わうお花見どころになりました。 この“春の森”の隣の谷には紅葉を楽しむ“秋の森”があります。合わせて広さ34ha。昭和62(1987)年から2年間かけて県が生活環境保全林として造成しました。それからここは太宰府市が管理する「市民の森」として、春に、秋に、山を歩き山に親しむ人々の憩いの場になっています。
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◆竈門(かまど)神社 |
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| 太宰府の東北には829mの宝満山がそびえています。その登り口にある神社です。ここには、春はお花見、秋は紅葉見物に、たくさんの人々が訪れます。一の鳥居から社殿まで、幅広い石段を150mほど登りますが、裾からその両側には櫻の木がいっぱいで、花時には一目千本の見事な眺めになるのです。もちろん花のトンネルの下では、ほかのお花見どころと同じように、お花見の宴が賑やかです。またこの時期には宝満山に登る人々が多くて、その登り下りの足を止めて花の眺めを楽しんでいるのをよく見かけます。山麓の少し高まったところですので、西南に開かれた、遠くに背振山(せぶりやま)を望む見晴らしも広々としています。 歩けば天満宮から東に45分ほど。市営バス“まほろば号”は「内山」行きの終点です。西鉄太宰府駅から10分はかかりません。また広い駐車場もあります。
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