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| 太宰府観光の極めつけです。 |
◆太宰府天満宮 本殿:文神菅原道真公のご墓所です。1591年(天正15年)当時の筑前国主の小早川隆景が豊臣秀吉の命により再建た社殿です。豪壮華麗な桃山時代の粋を極めた代表的な建造物で、国の重要文化財です。 志賀社:太鼓橋途中の小さい社殿。海上安全守護の神さま。1458年(長禄2年)に造られた天満宮では最も古い木造の建物。全国屈指の精巧細緻な造りで、国の重要文化財です。 延寿王院:代々の宮司邸。幕末に九州に流された長州三条実美以下の五卿がここに3年間滞在しました。 天神の森:51本の樟の大樹が境内を覆い、県文化財に指定されています。なかでも大樟、夫婦樟は樹齢千年を超え、いずれも国天然記念物です。 そのほか、飛梅、神牛、多くの歌碑句碑、宝物殿と、見所はいっぱいです。 |
![]() 天満宮本殿 ![]() 志賀社 |
◆光明禅寺 天満宮の隣り、鎌倉中期、1273年(文永10年)の開山。渡宋天神の言い伝えがある天満宮ゆかりの臨済宗のお寺です。“苔寺(こけでら)”とも云われ、裏庭の「一滴海庭(いってきかいてい)」が有名。49種類の青苔で陸と島を、白砂で海を表わした古山水の庭園です。また前庭の「仏光石庭(ぶっこうせきてい)」は、15の石で「光」の文字をかたどった石庭です。 |
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◆観世音寺 母堂斉明天皇の菩提を弔う天智天皇の勅願があり、約80年後の746年(天平18年)に落慶法要が行なわれました。いまの寺院は元禄時代再建のもので、創建当時の梵鐘(国宝、日本最古、680年代)南大門・五重塔・講堂・僧房の礎石を遺し、宝蔵庫には平安時代の木彫仏像18体(国重要文化財)があります。
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◆戒壇院 761年(宝字5年)観世音寺の子院として創建。日本三戒壇の一つ。「西戒壇」とも呼ばれます。当時特権階級であった僧侶になるための戒律を授ける寺院です。これも元禄時代に再建されました。 |
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◆大宰府政庁跡(都府楼跡) 南門、中門、東西の脇殿、正殿、回廊と、400近い礎石が整然と並んでいます。、701年(大宝元年)制定された大宝律令に基いて置かれた行政府で、この礎石の上に朝堂院風の威厳溢れる建物が建てられました。外国からの使節を謁見する大宰府政庁の中核の役所でした。国の特別史跡、大宰府史跡のメッカです。西の丘には租税を司った蔵司が礎石を遺しています。 |
![]() 正殿跡の礎石 |
◆大宰府展示館 政庁跡の一隅にあります。政庁の発掘調査で出土した大きな石溝の一部を保存公開し、併せて大宰府史跡の資料を展示しています。 |
![]() 大宰府展示館(手前は政庁回廊、脇殿の礎石) |
◆太宰府市文化ふれあい館 文化財の展示、解説、各種展覧会、体験学習のための「大宰府博物館」です。 |
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◆筑前国分寺 741年(天平13年)にだされた聖武天皇の詔によって創建され、いまは七重塔礎石と講堂跡を遺しています。 |
![]() 七重塔礎石 |
◆水城(みずき) 日本書記に「筑紫に大堤を築きて水を貯えしむ。名付けて水城という」(664年・天智3年)とあります。長さ1.2km、高さ14m、基底巾80mの土塁です。北側に巾40m、深さ4mの溝を掘り、底の木樋を通して水を流して貯めていました。 1300年昔の防衛第一線。いまも木立の帯を遺しています。国の特別史跡です。 |
![]() 水城遠景 |
| ◆榎社 左遷された菅原道真公が2年余り、つつましい日々を送られた配所。当時の「南館」の跡です。政庁跡の真南400m程の所で、秋の神幸式大祭の折、天満宮の神輿がここまで“お下り”になります。年に一度、ご神霊が一夜をお過ごしになるお旅所(頓宮)です。 |
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| ◆大野城(四王寺山) 政庁跡の北面の山が大野山(四王寺山)。これが日本最古の山城です。峰に築かれた延長8kmの土塁、谷四ヵ所の石垣、それに囲まれた区域に72棟の倉庫礎石群を遺しています。水城の翌年に築かれた防衛第一線、国の特別史跡です。 |
![]() 大野山(政庁跡から) |
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