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美しい日本の「あるきたくなるみち」応募コース紹介(2)

日本ウオーキング協会が日本全国から美しい日本の「あるきたくなるみち」500選候補の募集したが、日本に誇れる関門海峡をテーマにしたコースで推薦応募したので、内容をシリーズでお伝えしたい。今回は、前回紹介の(1)の続きの見どころを(2)として紹介(BとC)します。前回は「終着駅は始発駅」の門司港駅をスタートし、大正ロマンの街並みと関門海峡の見える、全国で初めて作られた日本最大級の歩行者専用はね橋「ブルーウイングもじ」までやってきた。そこまででも感動の景色を目にすることができるが、また、違った味わいのある次の道筋へと足を踏み入れてみよう。

コース概要:@門司港駅ーAレトロな街並み散策ーB海峡の景色ウオッチングーC和布刈(めかり)公園ーD和布刈(めかり)公園展望台ーE海底人道トンネル(海底散歩)ーFみもすそ川公園(下関側)ーG赤間神宮ーH日清講和記念館ーI亀山八幡宮ーJカモンワーフーK旧英国領事館ーL唐戸桟橋ー(連絡船で関門海峡横断)ーM門司港桟橋ーN門司港駅

  周辺地図

◆ 大正ロマンの街並みに洋風のお城
  「ブルーウイングもじ」を渡っていると、正面にノッポの建物が目に飛び込んでくる。
門司港レトロの中では、異色の建物だが、日本を代表する建築家、黒川紀章氏が設計。(女優・若尾文子さんが夫人)高さ103m、31階建てで最上階の展望室からの関門海峡やレトロの街並みの景色も格別な趣がある。そのすぐ横には洋風のお城かとおぼしき建物がある。中国の大連にある歴史的建造物を、北九州市が大連市との友好都市締結15周年を記念して複製建築したものであるが、東アジア関連の資料などを中心とした図書館である。中に入ってみると新しい発見がありそう。建物をバックに記念撮影のスポットでもある。
道路を挟んで、目の前にあるレトロな建物は港湾都市門司港を象徴する「旧門司税関」であるが、この建物も明治45年に建てられたレンガ造り2階建てであり、当時の時代はどんなだったのかと想像するのも楽しい。ノッポの建物のそばをすり抜け、労災病院のすぐ横から和布刈(めかり)公園をめざす「人・自転車専用」の人にやさしい散歩道がある。すぐ横にある関門海峡の潮の匂い、景色を味わいながら車なども心配せずにリラックス受けあいの散歩道が7分程度の行程で楽しめる。

異国情緒な北九州友好記念図書館

密輸なども取り締まった旧門司税関

リラックスできる散歩道
◆ ノーフォーク広場
  散歩道が終わると右に門司関址の碑が立つ小公園がある。瀬戸内海文化圏と大宰府・博多の文化圏との接点で奈良朝頃から源平時代まで往来する旅人や海峡を通過する船の取り締まりが続けられたとのこと。そして、すぐにノーフォーク広場と繋がっている。
国際海運会館内にレストランのそばに放浪記の林芙美子資料室がある。芙美子の生い立ちなどの資料展示があり書斎コーナーでは愛用品と共に記念撮影もできる。
広場の名前は、姉妹都市の米国バージニア州ノーフォーク市にちなんで名づけられたが、錨をモチーフにした像の前には海峡を望む場所にベンチがあり、海峡を行き来する船を眺めながら一休み。1日700隻の船の行き交う様は見ていても飽きが来ない。

旅人や船を取り締まった門司関址

門司で生まれた林芙美子の資料室

ノーフォーク広場のシンボル
◆ 自決した船奉行・明石与次兵衛
  ノーフォーク広場で一服の後、観潮遊歩道入口手前を右に上がり、和布刈(めかり)公園をめざす。公園入口をほんの少し行くと、左側に階段があるがその上に明石与次兵衛塔がある。ここも歴史に大きく関わる出来事があったが、朝鮮征伐のため九州の名護屋にいた豊臣秀吉が母危篤の知らせに大阪に急ぎ帰途の途中、関門海峡で座礁し海に投げ出され、危うく一命を落としかけた。船奉行の明石与次兵衛が座礁の責任をとって自決。
それでは、これから和布刈(めかり)公園展望台をめざして少しばかり坂道を登ってみたい。次回、この続きを紹介しよう。

門司港駅へのアクセス:北九州の表玄関である小倉駅までは山陽新幹線、九州新幹線が便利。小倉駅から門司港駅へは鹿児島本線で14分で到着。 *筆者:小西

海峡を眺めながら一休み

和布刈(めかり)公園入口

海峡を望む場所に立つ        明石与次兵衛塔





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