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象も歩く 長崎街道ウォーク

好天に恵まれたゴールデンウィーク初日の4月29日、あるイベントが北九州市民の注目を集める一日となった。かっての長崎街道の再整備と街道を通して街づくり・人づくり・健康づくりをテーマに長崎街道ウォーキングが盛大に開催されたが、この日の開会式を飾るイベントとして、江戸時代、将軍に献上されるベトナム象が長崎街道を長崎港から江戸に向かったことが歴史の記録にのっていることにちなみ、275年ぶりに象を歩かせようという試みが実施された。長崎街道の起点であり九州の玄関口の小倉(北九州市)の常盤橋を歩かせるということで、多くの人達が見物に集まった。
  常盤橋周辺地図

◆ 橋を歩く象に誰もが釘づけ
  江戸時代、常盤橋は江戸の日本橋と同じく小倉から九州各地にのびる5街道の起点であり終点でもあった。長崎街道、中津街道、秋月街道、唐津街道、門司往還の5つが小倉の五街道であり、その中でも最も賑わいのある街道が長崎街道である。北九州活性化協議会と北九州青年会議所の主催の長崎街道ウォークだがPRに象を使うことにしたとのこと。市内にある動物園の象を使うことを予定していたが、調教されていないためたくさんの人がいると興奮すると危険だと断られ、熊本県の遊園地がタイから調教されたアジア象6頭を招き、「ふれあいゾウさんランド」を開催中だったため、内1頭を当日早朝に10トントレーラで小倉に運び込み、歩かせることで話がまとまったようだ。又更に、次の心配は「体重5トンの象に常盤橋が耐えられるか」という大きな問題点も、「橋の端」を歩かせることでまとまったというような陰での苦労もあったようだ。当日、象は小倉藩士役の先導で常盤橋を渡り、橋を往復して長崎街道ウォークの出発式を大いに盛り上げた。橋の上を歩く象を一目見ようと、又、珍しい光景を写真に撮ろうと、報道陣や多くの人の目が象に注がれた。
尚、江戸時代、見物の群衆は数日前から弁当持参で場所を取り、夜を明かしたほどで小倉始まって以来の人手であったそうだ。

象のお通りだ 下に、下に

北九州市長も参加者を歓迎

近くで見るとやっぱり大きいぞ・・
◆ 長崎街道ウォークへいざ出発
  江戸時代、小倉ー長崎間30里(220km)を25ヶ所の宿場で結ぶ長崎街道は徳川幕府は鎖国体制をしいていた。唯一、海外との窓口を開いていた長崎は海外からの人物・知識・文化が流入し、長崎街道は文明ロードとして栄えた。大名行列・オランダ使節・吉田松陰・シーボルト・伊能忠敬など多くの有名人も歩いた。現代残っている街道をのんびり歩き昔をしのんでみたい。ウォーキングは小倉から長崎までの「6日コース」と、3ヶ所の宿場間を歩く「1日コース」がある。今回は全行程を歩く時間・余裕もないため、1日コース(25km)に挑戦してみた。城下町を出るところでは、小倉藩の藩士たちも激励のエールで送り出してくれた。最初は、ゆっくり、口調も滑らか。知人とわいわいおしゃべりしながらの、まだまだ余裕の歩き出しである。
しかし、時間が過ぎても距離がなかなかに減らない。そして時間は過ぎ去っていく。こんなはずではなかったのに・・。でもところどころに街道脇に残る史跡を目にすると興味がわき元気も出てきた。

街道ウオークの出発

行列を先導の藩士達に見送られ

街道に残る一里塚跡
◆ 25km完歩 疲れたがやりとげた満足感
  小倉城下町を朝10時30分にスタートして5〜6km歩いた頃、お昼時近くになったことが腹時計で感知された。まずは第1休憩地点で、トイレ休憩・昼食休憩をすることになった。冷たいオシボリで汗をぬぐい、おにぎりをほおばった。腹ごしらえができたので気力充実で次のチェックポイントに向けて歩き出した。
出発から6時間30分、小倉城そばの常盤橋を出発ー黒崎宿ー曲里(まがり)の松並木ー立場茶屋(たてばちゃや)銀杏屋を経由し、ついに目的地の木屋瀬(こやのせ)宿に到着。さすがに歩き続けて疲れたというのが実感である。
今回、60代、70代の仲間4人で同行したが全員無事に完歩できた。やっと到着した安堵感、25kmを歩き通した充実感、満足感で苦しいながらも楽しい1日が終わった。
全員で500人程の健脚組が参加した。同行した70代女性の感想としては、20kmまでの経験はあるが残りの5kmは未知の世界で大変不安だったが、同行者のおかげで無事に完歩でき、自信がついたとのコメントがあった。

常盤橋(木の橋)へのアクセス:北九州市小倉駅から西へ徒歩5分(京町商店街を通り抜け)で到着。*筆者:小西

街道に残る松並木が気持ちいい

宿場踊りでゴールを歓迎

完歩賞片手にどの顔も満足、満足





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