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源平壇ノ浦の戦い(2)

 北九州市には、海がある、山がある、城がある、祭りがある、そして歴史がある。
魅力たっぷりの北九州で今回は、海と、山と、「城とその歴史を探訪する」をテーマにしている。
 九州の最北端と言えば北九州市門司区和布刈で、三方を海に囲まれたこの地区に古城山と呼ぶ海抜175mの小さな山があり山頂には昔お城があった。
なんとこのお城は源平の戦いの時代に、平知盛が築いたと言われている、今回桜の季節にデジカメを片手に歴史の香りを探しに城跡に登ってみた。

  古城山付近周辺地図

◆ 海峡から古城山を目指して
   海峡の景観では一番!のノーフォーク広場、この裏手から車で急な斜面を登り始めると周囲は桜並木だ、年間で一番いい季節である、桜の花をかき分けエンジンの悲鳴を聞きながら、幾つもカーブをまるでテストドライバーの気分で登ると右手には木々の間から関門海峡と門司港の街並が見え隠れする、頭上を九州自動車道も走り狭い斜面を効率よく使って上へ上へと案内してくれる、やがて視界が開け駐車場へ飛び出す。
 広場は数十台は優に駐車できる広さだ、右手に展望の開けた場所があり、春風が吹き上げ気持がいい、ここから見下ろす関門海峡は又素晴らしい。広場の奥には、国民宿舎「めかり山荘」が周囲の環境に溶け込み存在感ある佇まいで迎えてくれる。この山荘は特に海峡の夜景が一押しと聞く夜の海峡の灯りはドラマの1ページになり、旅の思い出づくりには最高の宿である。
一帯は桜が中心の公園で年間楽しめる場所でもある、めかり山荘の反対側に小高い山が見え、この山が古城山である。

門司港レトロから古城山を望む

駐車場の桜と古城山

国民宿舎「めかり山荘」
◆ 広場から山頂へ
   駐車場の出口近くに門司城跡入り口の標識があり山頂まで10分とある、山道は整備され不安は全くない、明治時代の中頃に海峡防衛のため山頂に砲台が造られて山全体が軍の管理下にあったためか、樹木も大きな物が多い、木漏れ日の中を辿るとレンガ造りの弾薬庫跡、築城当時の城壁かと思える石積みの要塞跡も残り、厳しい時代の名残が点在する。
 最後の急斜面を登り山頂に立てる、関門海峡側は開け眼下に関門橋、対岸に下関市街、さらに左手に巖流島、彦島も遠望できる。
山頂には門司城址の石碑と砲台跡があり、周囲の山桜の木々とマッチして昔を偲ぶに十分の場所だ。
下りは旧道の石段が林の中に伸び、こちらを降りるのも趣があり楽しい5分程で駐車場に戻ることができた。

門司城跡への標識がある

山頂へ続く道は林の中

門司城跡の石碑と関門海峡
◆ 城跡に立ち想うこと
   1185年3月24日は壇ノ浦合戦の日、この戦いの前に平家は一の谷、屋島で敗れて最後の望みを託して壇ノ浦にリベンジを誓った、しかし、戦況は潮の流れ、見方の寝返り、源氏の漕ぎ手への攻撃などにより平家は
敗れ去った。
 壇ノ浦の合戦は関門海峡の東側、瀬戸内海寄りで展開されたが、この門司城の役割は、作戦にどう絡んだのか話を聞いたことがない、平家は敵を迎え撃つのに狭い海峡の奥の彦島付近まで源氏を引き込み両側から攻撃する作戦なら優位に戦えたし、門司城の役割は大きかったと思える、城跡に立ってそんな素朴な疑問が湧いてくる。
 しかし、その後城は450年もの長期にわたり、城主は変わっても地理的条件から重要な役割を果たした。
今日も海峡は大きなタンカーやコンテナ船がゆったりと通過している。
 芭蕉が奥の細道の旅でなく関門海峡に来ていたならば、この城跡で「潮流や兵どもが夢の跡」と詠んだと思うのである。
貴方も芭蕉に代わって関門にきて欲しい。      記 佐野
    ***********
北九州市ではこのコースを周遊するシャトルバスを運行している、6月末までの祝・日、無料で1時間に1回(1日8回)、ガイド付で実施中!
アクセス;小倉駅よりJRで門司港駅へ約14分で到着、門司港駅からはめかり山荘経由バスが1日4本あります(10.30;12.40;13.30;15.30) 車利用の場合は一方通行になりますので注意して下さい。

旧道は石段の続く道だ

昔の城壁の一部か石垣が見える

合戦のあった海域





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