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FUKUOKA最新文化事情



◆伝統的福岡文化−福岡のアイデンティティ・「博多」−

 「福岡」は、しばしば「福岡」と呼ばれることもあれば、「博多」と呼ばれることもあります。その背景には、多くの人にとって、「福岡」のアイデンティティは、「博多」にイメージされているからなのかもしれません。 ここで、「博多」に代表される、福岡の伝統文化を紹介します。 福岡に旅行する予定のあなた!「博多」を知ると知らないでは、「福岡」の楽しみ方もずいぶん変わりますよ!

その前に・・・
●“「博多」ってなに?”というあなたに。
 地理的には福岡市都心部に位置し、東西を御笠川と那珂川に挟まれ、北は博多湾沿いの「ベイサイドプレイス」、南は「キャナルシティ・博多」に至るまでの、周囲1Km四方・居住人口約1万5千人の地域を指します。ただし、「博多」という名称は地名や町名ではありません。多くの人にとっては、“商人の町”として、福岡の古くからの歴史・文化・産業を担ってきた地域としてのニュアンスを持ったエリアなのです。

 博多の3大祭りといえば、「博多どんたく」・「博多祇園山笠」・「放生会」です。 以下、そのアウトラインをご紹介します。

「博多どんたく」 / 毎年5月3・4日
 「博多どんたく」は、およそ820年余の伝統的民俗行事です。
 「博多どんたく」の起こりは、「筑前国続風土記」(貝原益軒著)によれば、「博多松囃子」が源流で約820年前の治承3年(1179年)に始まりました。その後、幾多の歴史の変遷に乗って、シャレッ気の多い博多町人が無礼講の挨拶回りとして発展・定着させたものです。
 その由来については諸説ありますが、有力なのは、筑前の領主となった今から400年前の小早川秀秋の居城(東区名島城)へ博多の町人が松囃子を仕立て年賀のお祝いに行ったということです。その後、黒田藩の城下町となった「福岡」と博多町人の町「博多」との二つの町が270年間、「博多松囃子(はかたまつばやし)」を通じて交流するようになりました。
 「博多松囃子」という名称が「どんたく」へ移行したのは、明治5年、新政府より任命された県知事によって、松囃子・山笠ともに中止されたというエピソードにさかのぼります。この後、明治12年に再開され、一時禁止されていた博多松囃子を復活させる際に「博多どんたく」と呼ばれ始めたものです。その後、太平洋戦争を経て、昭和21年5月24日、焼け野原の博多を「復興しようや!」の掛け声に、厚紙や新聞紙に色を塗った肩衣や疎開先から三味・太鼓を寄せ集め、約6キロの瓦礫の道で「通りもん」が行われました。この時の祝って歩いた「通りもん」の三味や太鼓の響きは、市民に大きな復興への勇気を与えたそうです。同じように、後に紹介する「山笠」も、戦災後苦境におかれた博多の人達に元気を与える貴重な機会となっていたようです。
 「どんたく」をしている姿、即ち、祝って歩く姿・型を「通りもん」といいます。「通りもん」のコスチュームは、足は雪駄、頭にお面(博多銘菓「にわかせんぺい」のパッケージデザインにもなっています)、肩から着くずした裃(かみしも)姿、という、いかにも町人文化らしい、自由で粋なものです。
 現在ではどんたく隊約480団体、出場者2万8千人余、見物客延200万人の人出、春のゴールデンウィーク期間中、日本で一番の祭りといわれるようになる。
ゴールデンウィークまで待てない?!
「博多どんたく」最新情報!

毎年5月3日〜4日に開催される、福岡のビッグイベント「博多どんたく」。
毎年延べ200万人以上の人出は、毎年全国一を誇っています。
ここでは、みなさんご存知の「どんたくパレード」(明治通り・呉服町〜天神福岡市役所前)以外にも、心温まる出し物や、古式ゆかしきどんたくのオススメ情報をご紹介します!

※今年の「博多どんたく」最新レポートはこちらからどうぞ!
【どんたく的風景・その1】
心温まるジモティーどんたくに潜入!
(福岡市博多区古門戸町「さくら園」前/昭和通×土居通交差点一歩北側)
↑老人ホーム「さくら園」前に設けられるどんたく広場。
当日は歩行者天国になり、地域の人たち総出で、手作りのイベントが繰り広げられます。
★どんたく広場での出し物
もともと博多町人の豊かさを披露する、無礼講の祭りであることから、踊れや唄えやの出し物がワンサカ見られます。
【どんたく的風景・その2】
古式ゆかしき町人文化に触れる!
↑★★★ぜひ見ちゃってん!地域の子どもが舞いを披露する「稚児流(ちごながれ)」。どんたくでは、日頃から地域に貢献している長老(写真手前のお二人)に敬意を表し、稚児達による鼓(つづみ)や太鼓の演奏をバックに、女の子が舞を披露します。この時は、お祭りムードも一転、広場一帯が厳粛な雰囲気に包まれます。
【どんたく的風景・その3】
どんたくファッションチェーック!
★★★必見チェック!
どんたくのコスチューム。「Wow〜!」とうなりたくなるでしょう。
裃(かみしも)、雪駄に白足袋と、いかにも町人らしい粋なスタイル。
背中には、どんたく必須アイテム・笹飾りを挿すのが定番。
ここまでキメなくとも、両手にしゃもじを持って叩いてプラプラ歩けば、それだけで十分「どんたく」できます。

ちなみに、この笹飾りは、通りを歩いていると、ラッキーな人はもらえます(私は毎年ゲットしています!)。どこでもらえるかは、歩いてのお楽しみ(というか、ついている人はもらえる)。鯛や恵比寿さん等の、かわいらしいマスコットも下がっているので、お土産・縁起物にも、是非オススメ!
【どんたく的風景〜番外編〜】
突撃どんたく隊 「博多オッペケコーラス隊」をさがせ!
明治時代、社会風刺を利かせた独特の節回し「オッペケペー節」で、日本のみならず、世界中を一斉風靡した川上音二郎。「芸どころ」博多に生まれた音二郎にも見られた、新し物好きで開放的な「はかたんもん」気質は、今もなお多くの人たちに受け継がれています。
(写真:上川端商店街アーケード入口にある川上音二郎像/前を通るたびに、思わず「オッペケペ」と口にしたくなる)
★どこで見れるかな〜?
羽織・袴姿で市内に点在するどんたく広場に突撃出演し、「オッペケペ、オッペケペ」とノリノリに唄って踊る、「博多オッペケコーラス隊」。「平成の音二郎&貞奴」めざし、ウケる・ウケないに関わらず、今年もどんたくに出没する模様。うわさでは、寝ている時も歩いている時も「オッペケペ、オッペケペ」とつぶやいているとか?!これも必見!(写真最右から3番目:コンシェルジェ古賀/毎年出とります…)

「博多祇園山笠」 / 毎年7月1〜15日
 毎年、7月1〜15日の間に行われる博多祗園山笠。クライマックスの追い山まで、リハーサルを兼ねた「追い山ならし」や「集団山見せ」、「流舁(ながれがき)」、祭りの無事を祈念する「お汐井とり(おしおいとり)」などたくさんの行事が行われます。さらに、街角には、博多人形による華やかなディスプレイの「飾り山」が置かれ、道行く人たちが、いつもは通り過ごす道であっても、この時ばかりは立ち止まって見上げている様子をあちこちで見るようになります。
 山笠のクライマックス・「追い山」のスタートは7月15日の早朝4時59分。博多の町の総鎮守・櫛田神社(くしだじんじゃ)の境内に舁き山が勢いよく突入します。締め込み姿で気合の入った博多の男たちが担ぐ山は、なんと重さ1トン!掛け声と共に、次々に舁手(かきて;担く人のこと)が規律正しく交代しながら、力を合わせて博多のまちを駆け抜けていく姿は、沿道からの勢い水(きおいみず)のしぶきと相まって、なんとも爽やかです。
これはチェック!
●山笠や博多の雰囲気に触れたい人にオススメのコース
(1)櫛田神社→(2)博多町家ふるさと館(櫛田神社近く)→(3)川端ぜんざい広場(神社に隣接する上川端商店街/かみかわばたしょうてんがい内)
※詳しい場所&楽しみ方は「まち歩きスポット」コーナーで紹介します。

「放生会」 / 毎年9月上旬
 放生の神事は、養老4年(720年)宇佐八幡宮で行われたのが最初で、筥崎宮でも創建当初から行われたといわれています。元々仏教の殺生戒に基づく行事で、魚や鳥を放つ儀式で明治の神仏分離令の下で、名称を「仲秋祭」と改められましたが、その後も昔から親しまれた「放生会(ほうじょうえ)」の名で呼ばれました。
 今や、「秋の風物詩」として、多くの人たちに親しまれる祭りとなっています。特に、筥崎宮の参道沿いにズラっと並ぶ露店のユニークな商品や口上を見聞きしながら歩くのは楽しいものです。
 また、筥崎宮の境内は、その昔、太閤秀吉が博多に訪れた折、千利休が茶会を開いたという由緒あるエピソードも持っています。お宮の荘厳な雰囲気と、周辺の露店のにぎわいが、和やかな祭りの雰囲気を醸し出しています。
これはチェック!
●「ちゃんぽん」と呼ばれる、ガラス細工のびいどろ
「ちゃんぽん」と呼ばれる、ガラス細工のびいどろで、吹く とその名のとおり"チャンポン”と可愛らしい音がします。毎年9月放生会に売り出 される縁起物で、形もユニークなので、お土産にいかが?


◆21世紀的福岡文化−「新(福岡)」と「旧(博多)」の新たなコラボレーション−

●博多の秋の風物詩「博多灯明ウォッチング」/毎年10月第一土曜日

 かつて、博多の神社や寺では、「千灯明(せんとうみょう)」という行事が行われていました。千灯明とは神社や寺社などに灯明を並べ家内安全などを祈願したもので、主に夏場に行われていたものです。

 「千灯明」が次第に姿を消していった博多部では、平成6年に、「博多部まちづくり協議会」が設立されたことをきっかけに、4地区が一つになったまちづくりイベントとして、以前、行われていた千灯明をヒントに「博多灯明ウォッチング」が行われるようになりました。まち並みを灯明で照らし出し、博多の魅力を再発見するとともに、今後の博多のまちづくりに生かそうと、毎年秋に開催されています。
 現在では、地域内外から多くのボランティアが参加する祭りに発展しています。また、灯明も1万個を数えるまでパワーアップし、北は旧大浜小学校から南はキャナルシティ博多まで博多部一帯を灯明の明かりで揺らす秋の一大イベントとなりました。博多っ子の間でも、どんたく・山笠に続く"博多の風物詩"として定着しており、平成8年9月には第10回都市景観賞を受賞しました。
 灯明の見物ポイントは、博多部の1Km四方のエリアに点在しています。見物ポイントを効率よく見られるように、と地域の「ごりょんさん」(博多弁:おかみさん)たちがコースを案内してくれます。灯明に誘われるままにぷらぷらと通りを歩くと、博多のまちは普段とは違った表情を見せてくれます。
 準備作業は、子供も大人も一緒になって取り組みます。参加者は住民だけでなく、周辺校区の小・中学生、その親たち、博多市民センターの高齢者教室の方々、地域外に住みながらもまちづくり活動を応援する博多部応援団や、行政の職員など、実にさまざまです。当日の設営作業だけでなく資金集めや灯明やアートの製作、校庭の草刈りなど世代や立場を越えて多くの人が一緒になって汗を流しています。
 灯がともる時間はわずか2時間あまりとたいへん短い祭りですが、<博多の魅力再発見>というキャッチコピーにもあるように、多くの人たちが博多の魅力をともに味わう大切なひとときとなっています。
※「博多灯明ウォッチング」公式サイトはこちら→ http://www.try-net.or.jp/%7Ehakata/tou/

コンシェルジェアルバム●「第6回博多灯明ウォッチング」2000.10.06開催

【写真】アーティスト達の手により、博多部の東に位置する旧「御供所小学校」のグラウンドに演出された灯明。テーマは毎年変わるのですが、この年は「鳳凰」。これは見もの!


【写真】灯明のあたたかな光が博多の路地を照らし出し、いっそう風情を感じさせます。ロマンチックー!


【写真】博多部の各エリアに灯明ポイントは点在します。これは、博多部の中心部・冷泉公園で子どもたちがワークショップでつくった灯明。それぞれに個性あふれる絵が描かれています。


【写真】博多部の西を流れる博多川にも、灯明が浮かべられます。この日ばかりは、中洲や「博多リバレイン」も、一斉に照明を落とします。川面に揺れる灯明は、とっても幻想的です!


【写真】グラウンド一杯に置かれた灯明を見物する人たち。私も、その迫力とムードに、しばらくの間言葉を失ってしまいました。


【写真】こちらは博多部の北に位置する旧「大浜小学校」グラウンドの灯明。テーマは「風神雷神」。当日は、体育館が開放され、地域の人たちの手でビアホールになっていました。


◆福岡の逸品番付 −伝統工芸編−

●博多人形
文政年間(1818〜1830)から伝わる伝統工芸ですが、今も盛んに製作活 動が続けられています。素焼の人形に彩色された姿は、非常に写実的で、芸術として も極められています。お土産物として、国内外を問わず、多くの人々に愛されていま す。近年では、着物姿の博多美人という従来のスタイルのみならず、有名人やユニー クな動物等、バリエーションも豊富になってきています。
●博多帯
黒田藩が幕府への献上品とした高級織物。縞模様を組み合わせたような独特の図 案が献上帯として有名です。お相撲さんが愛用する帯でもありますが、今では新しい 感覚の柄が多数デザインされ、海外向けのファッションブランドともなっています。 若い世代にも広く愛用されている、粋な帯です。
●高取焼(たかとりやき)
朝鮮より渡来した名工八山の開窯が、「高取焼」の始まり。主に、黒田藩の御用 窯として、高級茶道具を中心に焼かれてきました。繊細さと豊富な釉薬による微妙な 色彩は、茶道具ならではの気品と風格を醸し出しており、永く茶人が愛用するものと なっています。






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