まずは厳原(いづはら)から


 対馬は九州最北端、本土から132km、韓国までわずか49,5kmという国境の島で、現在は下県郡(厳原町・美津島町・豊玉町)と上県郡(峰町・上県町・上対馬町)とに分かれていますが、平成16年4月には6町合併で「対馬市」となる予定で準備が進められています。
 今回ご紹介するのは、私の住む町対馬で1番人口の多い町「厳原町」です。
厳原町は10万石の城下町で行政、文化の中心地、朝鮮通信使は厳原を経て、藩主の先導で江戸等に向かいました。戦国時代の日本における海外への窓口は長崎だけと一般には思われていますが、この対馬も大陸(李氏朝鮮)との文化、貿易の窓口として栄え、釜山には対馬藩士の滞在する倭館も置かれていたそうです。
 厳原にある神社、古城址、町中にある橋名、港の波止址等に国境の城下町の歴史が秘めらた落着いた町です。

◆ 万松院(ばんしょういん) 
   万松院は対馬藩主宗家の菩提寺で、元和元年(1615)宗氏第20代義成公が第19代義智公追孝のため創建した松音寺を元和8年(1622)義智公の法号「万松院」にちなんで万松院と改め、歴代の藩主並びに夫人、側室等の立派な墓石が後山にならび、オタマヤと呼ばれています。元禄・享保の大火で山門を残し、伽藍は焼失し、現在の堂・庫裡は明治12年の建物です。内庭は寛文年間、京都の西川嘉長の作で、山門は桃山様式の建造物です。
 *昭和29年4月13日県の史跡指定を受けました。
 *昭和60年2月18日国の史跡指定を受けました。

桃山様式の山門

幽玄な雰囲気を醸し出す『百雁木』と呼ばれる石段
◆ お船江と石屋根と小茂田浜神社(元寇の古戦場跡)
   お船江は、久田川河口に5基の船着場があります対馬藩のお船屋の跡です。現在の遺構は寛文3年(1663)の造成と言われています。築堤の石積みは当時の原形を保っているそうです。
正門・倉庫・藩主休息の建物等が残っており、住時の壮大な規模をうかがう事ができます。

 石屋根は、椎根地区にわずか数個を残すのみです。
対馬で産出される板状の石で屋根を葺いた高床式の建物で、倉庫として使用されています。日本ではここだけに見られる珍しい建築物です。

 小茂田浜神社は、文永11年(1274)10月に九百隻に分乗した元軍の襲来を受け、守護代宗助国以下主従80騎で防戦に努めましたが、遂に全員が討ち死にしました。
その御霊をこの小茂田浜神社にお祀りしてあります。

お船江

石屋根

小茂田浜神社と元寇の古戦場跡
◆ 体験であい塾『 匠 』(たくみ)
   100%そば粉でそば打ち体験コーナー(要予約)と若田石硯づくり体験コーナー(要予約)を設けています。もちろん体験しなくても食べる事は出来ます。美味しいですヨ^^

* そば打ち体験では、ツナギ無しの100%そば粉で打ち、自分で打ったそばをその場で食べられます。講師は地元のお母さん方で、チョット前までの対馬の女性はおばあちゃんやお母さんのそば打ちを見ながら成長し、知らず知らずそば打ちを身につけていったそうですが・・・・
対馬生まれで対馬育ちの私ですがまだそばを打った事がありません。 もしかして恥ずかしい事?^^ヾ
 是非、私の体験記を近い内にご報告したいと思います。

* 硯づくり体験コーナーでは製作実演のほか、オリジナルの硯づくりに挑戦できます。通常手作りには1週間から10日ほど必要だそうですが、そのハイライトを2〜3日間に凝縮して若田石硯匠会メンバーの指導のもと、素材選びからデザイン、石削りまで楽しく体験できるそうです。是非、1度体験してみてください。

体験であい塾『匠』(たくみ)

そば粉100%の対州そば

美味しいおそばを打ってくださる対馬のお母さん方



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