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ロープウエー街の城門

松山城への通り道ロープウエー街の中ほどに立派な城門があります。東雲学園の校門になっていますが、ここにも松山の歴史物語があります。

■ 東雲学園の校門
米人が設計した城門 あれ!こんなところに松山城の城門が?とよく観光客に間違われるのがロープウエー商店街にある東雲学園の城門型校門です。
 東雲学園は明治二〇年に私立松山女学校として開校した古い歴史を持っています。大正時代に当地に移転、第3代校長O.Sホイテの「全校舎建築を松山城という環境にふさわしい城郭型の建築として行なう」という設計の第一号として昭和三年に造られました。設計は東京・丸ビル、日本郵船ビルなどを手がけたアメリカ人のJ.Hモーガン。その後続々と建てられた校舎も全て城郭型の建物でしたが、昭和二〇年七月二十六日の松山大空襲で焼失し、この城門だけが奇跡的に焼け残りました。焼け野原となった大街道の住民たちが、この門で雑魚寝して雨露をしのいだこともありました。
 建築されて七十七年、この城門がアメリカ人によって設計されたことを知る人は、地元でも少ないと思います。「坂の上の雲」のまちづくりで整備がすすめられているロープウエー街にとって、貴重な観光資源のひとつといえるでしょう。

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