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今年は日露戦争から100年目。松山には捕虜となったロシア人将兵の墓地が、今も地元の人達によって大切に守られ、墓碑には花が絶えません。
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ロシア人墓地
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花の絶えないロシア人墓地
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日露戦争中、人口3万だった松山に延べ6000人ものロシア人捕虜が収容されていました。当時の日本国は捕虜を非常に大事に扱い、松山でも「町ぜんたいが捕虜のための遊歩場のようになっており、町のひとびともかれらに親切で・・」と『坂の上の雲』の中でも述べられているように、地元市民と捕虜たちの微笑ましい交流のエピソードが数多く残っています。 ただ不幸にして戦傷や病気で98人の将兵が亡くなっており、手厚く葬られてこの地に眠っています。松山城の北、御幸寺山西麓にある来迎寺の境内の丘陵にその墓地があり、地元の婦人会、老人会、中学校の生徒たちが清掃奉仕をしたり、お花を供えたりお世話を続けています。 日露戦争100年記念を迎えて、松山の旅にロシア人墓地を訪れて明治の歴史を偲ばれてはいかがでしょう。先にご紹介したマドンナバスの周遊コースにも組み込まれています。伊予鉄市内電車の環状線で木屋町または高砂町駅下車で歩いてても10分位の距離にあります。
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