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道後の名所旧跡その1


道後界隈の名所旧跡をご案内します。

■ 円満寺の地蔵菩薩
9世紀初めに建立されたといわれる円満寺には、湯の大地蔵尊がある。一丈二尺(3.67m)の楠の白塗りで、寺伝では弘仁三年(812年)の僧・行基の作とされている。本尊は人々の健康に御利益がある阿弥陀如来。温泉の守護仏である。道後に火事が無いのと、ここにお参りしてから道後温泉に入浴すると寿命が延びるともいわれ、別名火除け地蔵とも延命地蔵とも呼ばれている。
■ 宝厳寺
道後温泉南側に位置するネオン坂を登りつめると一遍上人の生誕の地、宝厳寺がある。
寺伝によれば天智天皇のとき(665年)河野守興によって創建された。そのころ境内も広く、松ヶ枝町一帯に法雲、善成、興安、医王など12の支院があって寺運の隆盛を誇った。
元弘四年(1334)に得能通綱によって「一遍上人御誕生旧跡碑」が建てられた。大正15年(1926)今の境内に移された。

また境内には上人の木造が安置されている。
■ 一遍上人御誕生旧跡碑
元弘四年(1334)に得能通綱によって「一遍上人御誕生旧跡碑」が建てられた。ネオン坂上り口にあったが、大正15年(1926)今の境内に移された。
(子規の散策集より引用)
松ヶ枝町を過ぎて宝厳寺に謁づ、ここは一遍上人御誕生の霊地とかや。古往今来当地出身の豪傑なり、妓廊門前の楊柳往来の人を招かでむなしく一遍上人御誕生地の古碑にしだれかかりたるもあはれに覚えて


「古塚や恋のさめたる柳散る」


宝厳寺の山門に腰をうちかけて


「色里や十歩はなれて秋の風」


■ ネオン坂
宝厳寺に続くネオン坂。色町の名残がしのばれる。この界隈は妓楼が軒を連ねる色里であった。明治28年10月6日正岡子規は漱石と連れ立って道後界隈を吟行した。


漱石は山門のなかに遊廓があるなんて前代未聞の現象だと驚いている。
■ 正岡子規の句碑
「色里や十歩はなれて秋の風」


この句は句碑となり山門をぬけるとすぐ右にある。



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