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道後の名所旧跡その2

伊佐庭神社
元は現道後公園の中央の伊佐庭の岡にあったと言われ、祭神は仲哀天皇、神宮皇后、応神天皇である。湯月城建築の際に現在の場所に移設され、現社殿は江戸時代に建て替えられたものである。

■ 伊佐庭神社の石段
 
伊佐庭神社へは135段の石段がある。登っていくと右手に樹齢約500年の楠の大木がある。登りきると伊佐庭神社が姿を現す。日本に三社しかない八幡造りで湯月八幡とも言われ、江戸時代に松山藩5代目城主の松平定長公が江戸での競射の大成功を記念して建て替えたものである。これには次のような逸話が残っている。定長公は武技に秀で弓が得意だった。このうわさが江戸の将軍の耳に入り、定長公は江戸での上覧を仰せつかった。定長公は成功をこの八幡様に祈願し、成功した暁には新社殿を建造することを誓った。ある日、夢の中で八幡様の化身が現れ、金の鳩が飛ぶのを合図に矢を放てとのお告げ。当日、満身の力で弓を振り絞り、機を待つと金の鳩が飛びだした。すかさず矢を放つと、矢は見事金的に命中していた。定長公は国に帰るとすぐに新社殿の建造を命じた。

135段の石段

楠の大木

伊佐庭神社正面
■ 伊佐神社の守護人
  仏教と神道が融合した八幡造りで、中央に神殿がありそれをくるり囲むように回廊が設けられている。正面入口の左右には仁王像の代わりに武者像が置かれ神殿を守っている。

武者像右側

武者像左側

素焼きの鳩
■ 回廊と奉納額
  回廊には奉納額や神輿などが保管、展示されている。また、宝厳寺がお隣ということもあって、宝厳寺で生まれた一遍上人の浮き彫りなども見られる。

回廊

一遍上人の浮き彫り

奉納額の一つ

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