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廻船問屋 堺屋


江戸時代、直島では廻船業が盛んになり、浪速方面(大阪)に進出して
活躍した廻船問屋が何軒かあります。
中でも最大規模だった「堺屋」は、浪速の堺の近くで事業を始めたので
堺屋の商号を使い、直島に引き揚げて居を構えてからも往時の商号を
屋号として使用していました。

この廻船業は、幕府が堺屋のような業者を直接雇って官業としていたの
が、18世紀に入ると一般商人の船を登用する言わば民営化によって、
直島の廻船業も衰退しました。

現存する堺屋のお宅では、往時に使用された様々な船乗りの道具などを
保存、展示して観光者の見学のために開放しています。
ラジオ番組で紹介されて見学者が増え始めたのをきっかけに、平成15
年の4月から本格的に公開することになりました。

下に紹介した写真は一例で、実際には荷捌き帳、荷札、行灯、手動の消
火器、砧といった珍しい品物が多数展示されてあります。


場所のご案内は、このページでは地図をアップロードできなかったので、
ケナフ工房のページで紹介してあります。

  写真左:鬼瓦
 当家の表門(家紋)に対する裏門やまだい(山印に大の字)が彫ってあります。
写真中:切支丹燈篭(キリシタンどうろう)
 庭師が珍しい灯籠があるからと中庭に据えてくれたものです。土台が十字架の形をしています。
写真右:欄間
 当家の居間をちょっくら拝見させていただいて撮影。左右一対になった欄間のうち、写真のものは金刀比羅宮の高灯籠。讃岐の沖を航海する船から琴平の位置が分かるようにと建てられ、木造灯籠としては日本一の高さを誇り27mあるそうです。
 写真を載せていないもう片方は香川県の景勝地栗林公園の偃月橋(えんげつきょう)通称太鼓橋を彫っています。



 

写真左:お札(御守り)
 航海の安全を祈願して、船の神様である金刀比羅宮(江戸時代の呼称は金光院)にお参りしてもらったお札。
写真中:船上で使用した水筒
写真右:船上で使用した弁当箱



 

写真左:順進丸という船の額縁
 順進丸は当家保有の船でも最大級で、1200石積み、乗組員1200名という
 規模でした。
写真中:囲炉裏鍋
 ぶらさげてあるアイテムは当時のものではなく、直島の伝統や文化の保存に熱心で
 小学校校長の経歴もある当家の先代三郎氏の創作です。
写真右:当時のカレンダー




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