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失われた緑が元の姿を取り戻すには、10年で足りるでしょうか? それとも20年? 2004年1月に発生した、まさかの山火事。 断定的なことは言えませんが、出火原因はタバコの不始末ではないかと言われています。 直島では、おそらくキャンプの焚き火やポイ捨てのタバコが原因ではないかと思われる山火事が 何度も発生して、緑が回復しては失われるイタチごっこになっていて、考えさせられます。 2004年1月13日未明(午前4時半頃)、消防団出動命令の緊急放送が島の静寂を破りました。 その時はまだ誰も全国ニュースになるほどの規模になるとは思いも寄らなかったはずです。 出火元は宮浦港から北方面、社員住宅(旧・宮社)跡地を分譲してできた新興住宅地”つつじが丘”がある風戸(せと)山の南側斜面。 折からの強い季節風に煽られて島を西から東へ横断した炎の絨毯は、一時は本村地区の町役場付近まで延びるのではないかと思えました。 避難勧告はピーク時で283世帯650人に出され、そのうち100人近くが公民館や学校の体育館に避難して不安な夜を明かし、翌14日14時30分、島の面積の10%に当たる85haを焼いて鎮圧宣言。 その後も局所的に火がくすぶっていて再燃することがあり、完全に鎮火宣言が出されたのは19日午前9時30分。実に、6日後のことです。 焼失面積は最終的に島の面積の8分の1に当たる122haに拡大しました。 不幸中の幸いは民家に被害が出なかったことと怪我人がひとりも出なかったこと(全焼・半焼した家屋がありましたが、それは数年以内に解体が決まっている古い社宅の空き家でした)。 これだけ長引いた山火事なのに火が住宅地を飲み込まずに林野だけを駆けめぐってすんだのは奇跡とも思えます。 もし13日当日、北風が吹いていたなら・・・。 撮影するつもりはなかったので出火当日はデジカメの用意もなく写していませんが、翌日になってもまだ消火活動が続いていたのでせめて最低限の画像を残そうと思って急いで撮ったわずかな記録です。 |
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出火当日の撮影はしていません。 下の写真は翌14日になってもまだ消火活動が続いていたのでわずかに撮っただけのものです。 小さくて分かりにくいと思いますが、左と中央の写真の中で消防ヘリが飛んでいます。 |
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下の左は宮浦港付近で待機する消防車。 中央と右は、7ヶ月経った8月14日の焼け跡。 出火場所から2つほど離れた丘陵で、同じ丘陵を違う角度から望み、製錬所の煙突が少し見えています。 |
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その後、4月4日にボランティアによる植樹イベント 「第1回みどり創生in直島」が小雨そぼ降る中実施されました。 (仕事があり自分は参加してませんし、現地に写真撮影も行っていません) 下の写真も上の2枚と同様、8月14日の撮影。 左が出火地点である、住宅地北側の風戸山南斜面。 もし風向きが違っていて、炎がこの斜面を駆け下りていたなら、と想像すると・・・恐ろしいです。 中央と右はそれぞれ違う山ですが、写真は土留めのために作られた柵。 |
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