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直島の地図を斬る

「直島 桜めぐり」で触れましたが、直島観光で道に迷いそうな(実際迷う人がいる)場所がいくつかあります。観光者向けの地図の更新が追いついていないため、ここで検証してみましょう。

広木池のジャンクション(仮称)、積浦バイパス

  島内の桜の写真を撮って回るうち右上の画像の場所に来て、改めて地図の間違いを認識しました。

#サンプルとして上のように地図を書き換えてみましたが、道の曲がり方、池の形に関してはアバウトです。 

上で教材に使った地図は直島ロードマップ(くどいようですが現在は廃版で印刷されたものは出回っていません。直島町のホームページからはDLできますが、更新されていないのでシーサイドパークも直島国際キャンプ場のままです)。

まず、ベネッセ方面から広木池の横を通り直島ダムに沿って本村方面に行く道路ですが、正しくは池の東側になります。昔は西側から行けたのかも知れませんが、現在はとにかく東からです。

次に、この道を途中まで行くと家プロジェクトのある本村旧集落(上のほう、赤い四角のエリア)に向かう近道が直島ダムの真ん中へんから北東に伸びています。ここは軽トラや軽自動車でもどうにか走れますが、万一対向車が来たら双方逃げられない、バックするのも大変ではないか、というくらいの道もあるのでできるだけ通らないほうがいいと思います。

広木池からベネッセハウス(上の地図では文字は切れてしまいましたが、左下から線が延びている丸印)への道路・・・地図では「つつじ群生地」の字の下、左上の写真では赤の矢印方面になる道路、これはオリジナル地図では細く描かれてますがバスが通れるだけの幅員はある(「地中美術館 その後」参照)ので他の道路と同じ太さで描かれるべきです。

積浦地区の交通は、現在バイパスが開通して快適になっています。泊ヶ浦(とまがうら)から琴反地(ごたんじ)池の西側までスーッと走れます。

本村地区の地図検証

オリジナル(左)と改訂試案(右)
  かなり粗い画像になってしまいました。でも字は判読できると思います。
実際の道路に近い状態に書き直しましたが、まだ無理があり細部まで正確には再現できていません。家プロ巡りに便利なように駐車場の位置も描いてみました。

「屋号表札プレート」の中で書いたように、本村の路地は碁盤の目のように縦横が真っ直ぐ整然としてはいません。実際にはどっちに向かっても必ずと言っていいほど家の壁に突き当たります。この地図のオリジナルは、やはり町発行の直島ロードマップ、直島町ホームページに採用されたもので、現行のなおしまガイドマップにも踏襲されたままです。このあたりは、ベネッセの発行物や家プロジェクト見学チケットのほうが正確に描かれています。

本村住民から「観光者に道を聞かれるけれどこの地図じゃ分かりにくいよ」、「車で通れる道を描かずに通れない道を描いてある」といった声も出ています。

試案の左上のほうに車のアイコンを描いてバツ印をつけてあります。この路地に沿って住んでいる人の車は確かに出入りをしていますが、それは車庫を構えているからであって完全に通り抜けることはできません。土地鑑の無い観光者は車で入って行かないほうが賢明と思います。
では何故そのような道を記載しているのか?町役場にハッキリ確認したわけではないのですが、屋号プロジェクトに参画してプレートを設置しているお宅が何軒かあるからではないでしょうか。

農協北側の海岸線に沿って車道はあります(試案に赤色で引いた線)が、北上しても観光する場所はありません。

平面地図では高所も低所も区別がないので分からないことですが、八幡神社は鳥居から石段(107か108段)を上がった山の上、護王神社も同様に角屋の前の通りを東へ上がった(こちらは八幡神社よりはずっと短く楽な上り坂)山の上で、護王神社と八幡神社は人が通れる道でつながっています。
また、護王神社から北へ進んだ矢倉跡というのは、戦国時代から江戸時代にかけて90年間6代に渡って直島を治めていた地方領主の高原家のお城と歌舞伎や能を演じる舞台のあった場所です。
現在は高原城の痕跡は何も残っていませんが、高台から海を見下ろし本土寄りで海上交通の要所だったこの辺の海域で、漁業や水先案内で直島が活躍した往時に思いを馳せるのもいいと思います。この矢倉跡はまた、本村港から役場の方へ通じるバス通りからも石段を上がり下りできます。
極楽寺の卍マークの北側の路地からも護王神社に上がり下りはできるのですが、角屋の東側から行くのに比べれば整備のされていない細い山道で、パンプスやヒールではなく動きやすい履物で来た方がいいです。


ベネッセの標識の謎

  件のジャンクションの写真です。
イは地中美術館を指している標識。
問題は、ハのゲートから進行すればなんなくベネッセハウスに行けるはずなのに、ハの所に「ここはバスルートなので一般の車は通らないでください」という主旨の文言が記され、ロの方を見ると標識の向きがどうやら真ん中の道を行けと言ってるらしい。と、見た人が考えるわけです。(写真が不鮮明で分かりにくいと思いますが、ロの標識は左を向いています)

レンタサイクルや徒歩で地中美術館の方からここへ来た人の中には、右側の道路はバス専用と言うのなら自転車や人だけでも通るなと言うことなんだな、だからロの標識が左を向いてるんだ、と思い込む人も実際にいます。
ロは単につつじ荘の駐車場(への迂回路)を示しているにすぎず、つつじ荘パーキングに車を置いてシーサイドパーク東ゲート(「南瓜」のあるゲート)から歩いて入場する(入場後ベネッセハウスへは、ベネッセの送迎がある日はそれを利用したり、レンタサイクルを利用したり、徒歩で行く)ことを促しているものです。ハの所に自転車も人も通るなと書いているわけではなく、ロの標識も駐車場に誘導するだけで自転車も人も遠回りしろなどと書いているわけなどないのですが、ベネッセはわざわざ客を遠ざけているのかと解釈する人もいるわけです。

現実は、シーサイドパークからベネッセハウス下、広木池の北東にかけて屋外アート作品を歩いて(勿論自転車でも)回るようにベネッセは道路を開放しているし、そのためのマップも発行しています。ハのゲートは、自転車や徒歩で通ってかまわないのです。バスとかち合っても避ければすむことですから。

では、「ベネッセアートサイト直島 屋外作品マップ」を立て看板にしてロの標識の横にでも設置してはどうか、と思われると思います。その辺はベネッセの哲学ですからなんとも言えません。
直島は瀬戸内海国立公園ですのでベネッセアートサイト直島の敷地内には極力人工物を目立たないように設置して自然保護に配慮するという哲学がひとつにはありますから、地中美術館は地面の下に造ったし、ベネッセハウスもひっそりと目立たないように建てられています。
標識についても直島文化村時代にはもっと目立つブルーの看板だったのですが、現在はシンプルで目立たなくなってしまいました(設置箇所は大幅に増えましたが)。

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