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直島コンシェルジェの筆者も、007記念館整備運営委員会の委員のひとりです。それで、大工さんを手伝って釘を打ったりグラインダーで飛び出た釘の頭を削ったり、大阪芸大の皆さんが心臓のオブジェを設置する時に長さが足りなかったセンサーのコードを、頼まれて後で延長したりと、裏方でいろんな作業をしながら合間、合間にメイキングの過程を追って多数の写真を撮ることができました。 ただ、正式オープンの2005年7月24日は仕事があり、開館式典そのものは覗いていないため、式典の写真は撮れていません。 式典の画像は「We Love Naoshima」のYo-Yo女史がスクープしてありますので、こちらをどうぞ。 |
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(写真1)心臓のオブジェ<傷心>を上から見たところ。左下に写った円筒形の容器は、ベネッセハウス館内(実際にはブルース・ナウマンの『100生きて、死ね』が設置された場所)に<傷心>が設置されたものと仮定した模型が入っています。 (写真2)ドロドロ流れ出した血液が (写真3)開館前日、記念館のできばえを見に来てくれたベネッセの笠原さん |
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(写真4)開館直後の館内 吊られているポスターのような絵は、昭和30年頃、映画館に宣伝担当として勤務していて趣味で名画のシーンをパステル画に描き始め、現在は高松市内で広告会社社長をしている川添巌氏に依頼して描いていただいた作品です。 また、左側の壁面に掛けた劇場公開当時のポスター(現物ではなくレプリカ)や展示ケース内のパンフレットは高松市内の病院の院長吉峰公博氏のコレクションをお借りし、右側の赤い仕切り板に掲示したパネルは007シリーズの翻訳本を出版する早川書房の協力を得て作成。 (写真5)こうやってビー玉を投入します。 (写真6)何日か様子を見に行かなかったところ、血管が詰まってましたあぁ〜〜〜〜〜 |
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(写真7)館内外のフラワーアレンジメントは、高松市でアトリエを営む竹田豊靖先生に造っていただきました。 (写真8) 直島の名物店「たこやきふうちゃん」の窓下に記念館への案内板を付けさせてもらいました。ちなみにふうちゃんのご主人はペンキ屋さんでもあり、記念館の塗装を担当していただきました。 (写真9)展示ケースのうちのひとつ。後々に模様替えがあるかも知れませんが、撮影時点では英語のハードカバー、ペーパーバック、翻訳版の文庫本を並べ、『ダイヤモンドは永遠に』にひっかけてばかでかいダイヤモンド模型とロジャー・ムーアのフィギュアを置いてあります。 |
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